通学ベクトル-2



後から知ったのは、あの先輩は陸上部の主将でそれもこの学校じゃ割と名の知れた人物だということだった。
確かに背が高くてスタイルも良く、美人な人だった。その話を聞いて納得はしたが、驚きの方が勝る。
雨の中エナメルバッグを肩に提げて猛スピードで走るあの先輩と愛理では、昨日の出来事がなければ
言葉を交わす機会も無かったはずだ。
妙な偶然だと愛理は思う。おそるおそるやってきた陸上部の部室には、確かにあの先輩がいた。



スパイクを片足だけ脱いで、ひょこひょこと歩くその姿は意外にも幼い。
愛理を見つけると、満面の笑顔で迎えてくれた。




「あ、昨日の!」
「えと、これ…ありがとうございました。助かりました、ほんと」



ぺこりと頭を下げて、傘を手渡す。
気にしないで、と言われても気にする。それが愛理の性分なのだから仕方が無かった。
蛍光灯の下の先輩は雨の中よりずっと綺麗な顔立ちをしていて、思わず見惚れてしまう。
人気者の所以はここにあった。優しくて美人であれば、誰もがその魅力に引きつけられるに違いない。



見慣れない陸上部の部室をきょろきょろと見回していると、不意にくしゅんと音がした。
心臓がどくんと跳ね上がる。もしかして、という予感は的中してしまっていたようだった。
振り返ると鼻をすすって困ったような笑顔を見せる先輩がいる。



「いやあ、風邪なんか滅多に引かないんだけどさ。たまたま、ね」
「………ごめんなさい」
「あ、いや、気にしないで!あたし馬鹿だから、すぐ治るし」



からっとした笑い声が聞こえて、愛理は俯いていた顔を上げる。
気にしないわけがない。傘を差していれば、風邪など引かなかったはずだ。
見ず知らずの相手に傘を貸したがために体調を崩したのだから、愛理が責められても仕方が無いことだ。
しかし、責めるどころかその明るい声には嫌味すら感じられない。
ほんとうに良い人なんだ、と愛理は安堵する。



「その代わりっていったら、なんなんだけどさ」



かつん、とビニール傘の先が床を突く。
愛理を見下ろす瞳と優しい声色に、胸がとくんと鳴る。



「一緒に帰ろう、鈴木さん」



ぱっと開いたビニール傘に驚いて、愛理はやっと外の雨音に気付いた。
近頃の天気予報はあてにならない。昨日に引き続き今日も雨だなんて、そんな予報はなかったはずだ。
次第に強くなる雨脚に、愛理の心臓の鼓動の音は掻き消されていく。
どうして、名前を知っているんだろう。疑問に思ったけれど、尋ねるのも野暮な気がした。




突然の土砂降りも、今日は愛理にとって良い天気のように思える。
明日もあさっても、雨だと良い。何度でも先輩に会いたいと思った。


































从・ゥ・从<ガーッと続いたよ!
気分的なもので書いたり書かなかったりするから期待しないでくだしあ